「トイレが近い」しか拾ってもらえない問題
IBDはどうしてもトイレが近い。
……と、よく言われますが、もっと正確に言うとちょっと違うんですよね。
「トイレが近い」というより、💩が近い。
しかも、ゴロゴロきたら我慢がきかない。
そして「トイレが近い」んじゃなくて、「お腹が来たら、もう待ったなし」なんですね。
ここの待ったなし!が問題。この違い、健常者の方にはなかなか伝わらない。
少なくともきくらげは周りに隠さず病気のことを伝えているので、みんなトイレ問題は知ってはいるんです。
がっ!
やっぱり健常者の方とは、認識の差を感じますよね。
たとえば外出先選び。
「ここなんかどう? トイレちゃんとあるし良さそうじゃない?」
「どこどこ?」
とガイドマップを見てみると、
『徒歩10分』
それは物理的には近い?のかもしれない。
でも腸にとっては全然近くない。
いや、え?
普通の人って10分も粘れるんですか?
途中で信号あったら?
着いたら並んでたら?
その10分、こっちはもう生死の境なんですが?
もう恐怖しかない。
旅行なんかだと、こういうの本当にあるあるですよね。
広いところも怖い。
某ランドみたいなところも、ちゃんと要所要所にトイレはある。
それはわかる。
でも、それでもね、ゴロゴロきたときに間に合うかどうかは別問題なんですよ。
私たちの場合、ゴロゴロきたときにはもう、
ドアを開けるお腹と、気合いで閉める肛門の勝負。
肛門括約筋という名のドアノブ力だけで耐えてる。
なんなら駅ビルや商業施設の飲食店でも、店内にトイレがないパターンはちょっと嫌。
やっぱり店内にトイレがないと、安心して食べにくいんですよね。
この切迫感。
この時間のなさ。
このへんが、なかなか度外視されがち。
たぶん、「我慢がきかない」の意味が、実感としては伝わってないんでしょうね。
健常者さんには、日常的にここまで切迫する経験ってそうそうありませんから。
健常者さんにとっての「近い」と、IBD持ちにとっての「近い」は、まったく別物です。
こちらの「近い」は、見えてる、入れる、間に合うまで含めて近い、なんですよね。
だからこそ、外出先選びも、食べる場所も、結局いちばん信用できるのは自分。
なもんで、どうしてもソロ活動になりがちです。
みなさんもこういう経験、ありません?
健常者さんの言う
「近くにトイレあるよ」
は、こっちからすると
「一応あるけど、間に合う保証はないよ」
くらいの意味で聞いてしまうんですよね。
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